Note
間主観性——客観と個人の好みの中間
世の中で「客観的」と呼ばれているものの多くは、厳密には「強固な間主観」であるという見方を、道徳規範にも当てはめて整理するメモです。
前の記事 可謬主義と「暫定的だが強い支持」 で、現時点の価値判断を強く支持しつつ、その判断は暫定的であるという立場を整理しました。本記事では、個人の感情に基礎を置く価値判断が、なぜ多くの人に共有されうるのかを整理します。
「客観」と「間主観」の対比
世の中で「客観的」と呼ばれているものの多くは、厳密には「強固な間主観」——多くの人が同じ認識を共有していること——として整理できます。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 客観的(強い意味) | 人間の認識から独立した絶対的真理 |
| 強固な間主観 | 検証した人々の間で一致する認識 |
物理法則のような科学的知識を例に取ると、検証プロセスが厳密で、同じ手順を踏めば誰もがほぼ同じ結果に到達します。この再現性の高さゆえに「客観的事実」として扱われています。実質的に意味しているのは、「人間の認識から独立した絶対的真理」というより、「検証した人々の間で一致する認識」です。
可謬主義の立場(前の記事参照)から見ると、「人間の認識から独立した絶対的真理」が成立しているかどうかは原理的に分かりません。実用的に扱えるのは「人々の間で一致する認識」の水準であり、これを「強固な間主観」と呼びます。
道徳規範への間主観性の適用
道徳規範にも、この間主観性の枠組みを当てはめられます。
同様の事実認識に至ったとき、人間の生物学的な共通性ゆえに、多くの人に同じような感情反応や価値判断が生じます。この再現性が高いほど、その道徳規範は多くの人に共有されやすくなります。これが「間主観性が強固である」と呼べる状態です。
例として、「人を殺してはならない」という規範が広く共有されている理由は、「人が殺されること」に対する怒り・悲しみ・恐怖といった感情反応が、人類に広く再現されるためです。「絶対的に正しい」のではなく、「多くの人が同じ価値判断に至りやすい」という事実の記述になります。
ただし、間主観性が強固であることは「客観的に正しい」ことを意味しません。
間主観性を強固にする要因
道徳規範の間主観性を強固にする要因として、事実認識の共有度が挙げられます。
- 第三者視点からの記述(当事者の感情的な表現を排した記述)は、異なる個人の間で事実認識の一致を生みやすい
- 数値を用いた記述は、解釈の幅が狭くなり、再現性の高い受け取り方を支える
- 事実認識の一致は、それに基づく感情反応の再現性も支える
一方で、ある 1 つの事実認識には「その出来事の事実」だけでなく、その人がそれまで培ってきた「個人の世界観全体」が「個人のスキーマ」として関係してきます。同じ出来事に遭遇しても、各人各様の感情を抱き、価値判断も多様でありうる、という構造があります。
道徳規範をより多くの人に共有させるためには、個人の世界観レベルでの事実認識のすり合わせが必要になります。そのためには忍耐強くコミュニケーションを取る必要があり、「コミュニケーションの重要さ」と「容易に合意できない実態」が共存します。
「絶対的ルール」にはならない
事実認識の共有度が高まったとしても、全員が同じ価値判断を行うとは限りません。
- 人間の生物学的な共通部分は大きいが、個人差はある
- 他者への共感力が著しく欠如した個人も存在する
- 道徳規範は「そこそこ強固な間主観」であっても、「例外のない絶対的ルール」ではない
「コミュニケーションが通じない場合に社会はどのように意思決定するのか」という問いは、本シリーズの範囲を超える別の論点になります。集合的な意思決定や法制度の議論は、間主観性が成立しない場面での意思決定の枠組みを扱います。
人権の適用範囲——なぜ「すべての人」なのか
「すべての人は大切に扱われる権利を持つ」とする場合、「すべての人」の範囲をどう定めるかが論点になります。人権の対象を「感情を持っている/持っていない」「判断能力がある/ない」といった基準で線を引く発想も浮かびます。
| 線引きの方針 | 結果 |
|---|---|
| 基準を設けて分類する | 境界は常に曖昧でグレーゾーンが生じる。本来は大切に扱われるべき人が排除されるリスクが高まる |
| 「すべての人」を対象にする | グレーゾーンが最小になる。実践的に望ましい |
このため、グレーゾーンが最小になる基準として「すべての人」を対象に人権を認める、という整理になります。
なお、「感情を持っていそうな生物」に対しても「大切に扱いたい」という気持ちが生じる感覚があり、犬や猫や家畜が人権を持たないからといって残虐行為が許されるとは考えていません。ただし、「感情があるかの判断は?」「残虐行為とは?」といった論点は別の議論を必要とします。現時点の整理も暫定的なものです。
シリーズのまとめ
ここまで 5 つの論点を扱ってきました。
- 決定論と自由意志——両立論
- 道徳と倫理の区別
- 価値判断の源泉——事実認識と感情から
- 可謬主義と「暫定的だが強い支持」
- 間主観性——客観と個人の好みの中間(本記事)
この 5 つの論点は、私の中では「価値観」と「行動の癖(スキーマ)」を整理する土台になっています。世界観シリーズに続いて、価値観シリーズとスキーマシリーズを順次公開する予定です。